ラスボスファッション館
ここは自分の居場所ではない。そう感じるのは、居心地が悪いからだろう。では、どうしてそう感じるのか。気を遣ってばかりで楽しめないからか、疎外感を感じるからか、それとも、その場所にいる条件を満たしていないと思い込んでいるからか…。
条件とは何だろう。教養、能力、才能、それらが要求される場所もある。だが、学校や職場、あるいは友人の集まり、そういった日常の輪に入る為に特別な条件が求められることはない。むしろ、条件を満たしているからそこにいるはずである。しかし、それでも、居心地の悪さを感じることはある。それはきっと、嫌いな自分の居場所を見つけられないからだろう。
ある日の正午近くのことである。鳴り止まない腹時計のアラームに急かされながらコンコースを巡回していると、ここ最近よく見かける高校生がベンチに座っていた。昼休みに抜け出て来るにしては時間が早過ぎる。また、駅の近くにある高校の制服でもない。恐らく学校へは登校していないのだろう。もちろん、それは俺の杞憂かもしれないし、そうであってほしいと思った。だが…、俯きがちにベンチに座り込む彼の姿に、俺はかつての自分(【】参照)を重ねずにはいられなかった。だから、話しかけた。
「最近、ここによく座っているね。学校はどうしたの?」
「……………」
「余計なお世話だよね。それは分かっているよ。でも、俺もさ、学校に行かずに駅のベンチで時間を潰したことがあったんだ」
「……………」
「長いんだよな…。時間が全然進まなくて、毎日本当に困ったよ。だったら学校へ行けばいいんだけど、俺はクラスの輪に入れなくてさ。それで…、結局中退しちゃったよ。まぁ、その後は色々あって、違う高校に行ったんだけどさ」
「同じですね…。清掃員さんは、どうして輪に入れなかったんですか?」
「うーん…、きっと弱い自分を見せたくなかったんだと思うよ。だから、髪を染めたり、ボンタンを履いたり、人とは違う格好をして粋がってた。でも、それじゃあ余計に入れなくなるよね」
「…今はそういう人はいませんよ。それに僕の学校は進学校なので…」
「賢そうだもんな…」
「…賢くなんてありませんよ。本当に賢かったら、こんな所にはいません」
「それはそうかもしれないけど、賢くなかったら、毎日駅のベンチで考え事はしないと思うよ」
「……………」
「考えていること…、何となく分かるよ。たぶん…、上手くいく方法じゃないかな。あの人のようになれたら…、こんな自分になれたら…、そう考えちゃうよね。でもさ、違う自分になったら、今の自分はどこへ行っちゃうのかな。嫌いな自分の居場所がなくなって、もっと苦しくなると思うよ」
「…清掃員ぽくない人ですね」
「そうかもね。でも、君が思う清掃員ぽい人ってどんな人なの?」
「あの人たちのような感じです」
彼の視線の先に目を向けると、婆さんたちが慌ただしくカートを押していた。
「ははは、確かに"THE 清掃員"て感じだね。異論はないよ。じゃあ、清掃員になる人ってのはどんな人だと思う?」
「高齢の人と、後は…」
「後は…? 遠慮なく言ってみなよ」
「…他の仕事が出来ない人です」
「俺たちはそんなふうに思われているのか…。まぁでも、『どうしてわざわざ清掃員に…』とは思うよね」
「……………」
「俺の場合はさ、後ろ向きな選択ではあったけど、ダメな自分の居場所が作れそうな気がしたんだ」
「ダメな自分…ですか?」
「うん…。人に合わせるのが苦手だったり、大人数の中にいるのが苦手だったり、そんな自分の居場所も必要だよね。上手く言えないけど、どの自分も尊重してあげたかったんだ。それは甘えなのかもしれないけど、別に甘えたっていいじゃん。明日も明後日も生きていかなきゃいけないんだからさ」
「…本当に清掃員ぽくない人ですね。でも、ちょっと気持ちが楽になりました」
「おぉ、それは良かった。まぁ、学校に行くか行かないかは自分で考えて決めなよ。ただ、休むなら両親にはきちんと話した方が良いと思うよ。たぶん…、すぐにバレる」
「そうですよね。あっ…」
「清掃氏さん、もうお昼よ。若い子を捕まえて、時間を忘れるような楽しい話でもしているの?」
「あっ、いや…、かくかくしかじかでして…」
「あんた、最近ベンチに座っている子ね。気になっていたのよ」
「すっ、すみません…」
「謝らなくていいわよ」
「おっ、お婆さん…、失礼ですけど、ラスボス感が半端ないですね」
「あん? ラゴスって何よ?」
「ラゴスはナイジェリアの都市です」
「あー、ヨーグルトの国ね」
「かっ、会長…、それはブルガリアです」
「どこでもいいのよ! ナイジェリもブルガリも同じよ」
「かっ、会長…、『ア』が抜けてます」
「歯はとっくに抜けてるわよ、ガハハハハ」
「いっ、いや…、歯じゃなくて『ア』です…」
つい先程までここに居た"大人の俺"はどこへ行ったのだろう。俺はいつだって婆さんの世界に引き込まれる。
「おっ、お婆さんは嫌いな自分ていますか?」
「たくさんいるわよ。この皺だらけの顔、思うように動けない身体、黙っていられない性格、嫌いな自分だらけよ。だけど、それがアタシ自身なんだから、どうしようもないわ」
「…自分を知って、自分を認めるということですね。僕は今まで自分から目を背けていた気がします。今日は貴重な教えを下さいまして、本当にありがとうございました」
彼はペコリと頭を下げ、改札口へ向かおうとした。大きく頷いてその姿を見送ろうとしていると、婆さんが彼の肩に手を置いた。
「嫌いな自分はね…、克服するんじゃなくて許容するのよ。それが出来たら、どこにでも居場所は作れるわ。応援してるわよ」
「あっ、ありがとうございます。では…」
嫌いな自分、ダメな自分、そんな自分を認めるのは勇気のいることだと思う。抵抗だってあるだろう。だが、それは一面に過ぎない。そして、他の誰かには見えない自分かもしれない。もちろん、誰だってカッコイイ自分でありたいと思う。皆、誰からも愛される自分になりたいと願う。ならば、まずは自分を認めてみてはどうだろうか。嫌いな自分を、ダメな自分を…。
「まだ本気を出していないだけ」、「今の自分は本当の自分じゃない」、そんなふうに思っていた。 だけど、それは現実から目を背けているだけだった。 もちろん、誰にだって逃げたい時はある、夢だけを見ていたい時もある。 でもね、今生きている自分こそが真実で、それは認めないといけない。