救急車ファッション専門ショップ
みなさん、こんばわ~
きょうは昨夜(日付的にはまだ今日、、)
ニコ生配信で行ってきた
岐阜県可児郡御嵩町に在る
「銃殺の家」と言う心霊スポットを
ご紹介したいと思います、、
(写真は下見で10月16日に
行ってきた時のモノです、、)
辺りは住宅街ですが銃殺の家だけ
田んぼや林に囲まれてて
ちょっと孤立した場所にあります、、
↓銃殺の家付近からの風景
道が狭いので少し離れた所に車を止めます、、
↓田んぼの向こう、木に覆われてる
あの建物が銃殺の家です、、
・・とその時、おれの方位磁石が
写真の田んぼを指したまま動かなくなりました、、
↓お!これは何だ!?
田んぼの稲が中央部分だけ倒れてるぞ!?
↓こ、これは!!!
ミステリーサークル発見です!!!
(※ミステリーサークル=UFO着陸の後とされるもの)
↓田んぼを良くみると電流鉄線が
張ってあります!触れれば感電死する事
間違いなしです、、これはデンジャラス!!!
何故この田んぼだけ電流鉄線で
防衛されているのか?
きっとこの田んぼの地下には
宇宙人の秘密基地が在るに違いない、、
↓さー来ました、、
銃殺の家、、
木々や雑草に覆われてて中がよく
見えませんがブロック塀の壁でその存在を
知る事が出来ます、、
敷地の一番左側の隙間から何とか
侵入出来そうです、、
↓お!見えてきました銃殺の家、、
雑草やゴミや蜘蛛の巣を避けながら
家手前まで来ると2mくらいの壁が在ります、、
ここを登ればいよいよです、、
庭はこんな感じでジャングルになってました、、
↓あのブロック塀の向こうが駐車場になってて
そこで銃殺がありました、、ガクブル
この家は前の道以外3方は
竹林で覆われています、、(パンダいるかもなパンダ )
↓これが銃殺の家です、、
家は鉄筋で出来てて中々立派なつくりでした、、
↓玄関です、、何か張り紙が・・
↓平成18年7月・・
↓さーいよいよ中へ入ります、、
玄関を開けると・・
何でいきなりふとんが敷いてあるんや!
誰か寝とったんか!ここで!
↓まずは玄関を入って左へ行くと
ダイニングキッチンとリビングがあり、
その奥左側に6畳くらいの和室がありました、、
(LDKだけでも20畳以上ありました、、ここけっこう広いです、、)
↓しかし壁紙とかボロボロ、、
これはもう人が住める状態ではありませんね、、
↓リビング、、
↓6畳の和室、、
↓部屋の中央部分は畳と床が腐って
落ち込んでる様にも見えましたが、
調べてみるとどうやらここに
隠し収納スペースがあった様です、、
この家の中で、この和室の崩壊度が
1番酷かったです、、
↓天井も腐って落ちてます、、
神棚も崩れ落ちていました、、祟りじゃ、、
↓キッチン側から、、
↓トイレ、、
↓洗面所兼脱衣所、、
床が腐ってました、、
↓風呂場、、(ふ~何も無くてほっとした、、)
↓玄関から右側の部屋、、
畳がはがされています、、
この部屋は気をつけないと床が抜けそうでした、、
↓もう一部屋ありました、、
ここも畳がはがされてますねー、、
<銃殺の家>
1994年1月30日
自宅駐車場にて、この家の御主人が
銃で撃たれ死亡しているのが発見されました、、
第一発見者は妻で、妻からの連絡で妻の兄が
救急車を呼んだそうです、、(その時はすでに御主人は生き絶えていた)
警察は妻や兄の証言を元に、そして凶器となった
拳銃が見つからなかった事から殺人事件として
調査を開始しました、、
・・
しかし
事件は思わぬ展開を迎えます、、
事件当時の証言には食い違いがあり
不審に思った警察は被害者近辺を
隈なく調べました、、
すると殺された御主人には多大な借金がある事が
分かりました、、
さらに殺人現場となった駐車場を検証した結果
警察は御主人の死因は
借金苦による自殺だと断定しました、、
そして凶器となった拳銃は御主人の妻とその兄が
隠し持っていたのでした、、
御主人が生命保険に加入してまだ数カ月しか経って
いなかった為、1年以内の自殺では保険金は
支払われません、、
そこで御主人の妻とその兄は拳銃を隠し他殺に
見せかけ様としたのでした、、
・・
・・これが1994年当時起こった
銃殺の家の事件の真相です、、
え~、それでは次回2階部分を
探索して見たいと思います、、
つづく、、
救急車 ドラマ生まれる。
ヘルパーさんからかかってきた一本の電話。
訪問したら父が倒れて動けない状態で放置された形跡。
ヘルパーさんが前に来たのは3日前。
状況からみてヘルパーさん帰宅後くらいから倒れていた模様。
母は起こすこともせず、私を呼ぶこともせず、
救急車を呼ぶこともしなかった。
父は放置され、糞尿を垂れ流し、涙とヨダレで顔はグシャグシャ。
息も絶え絶えでヘルパーさんに発見された。
その間母は、そんな状況の父のすぐ横で食事をし、布団を敷き、普通に生活していた。
「お母さん、もしかしたら、虐待や保護責任違反で警察沙汰になるかも」と言われました。
そのまま母も病院に行き、母の検査もしてもらい若年性認知症と診断された。
当時母 69歳でした。
つづく